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単身で「沖縄」に「異動」「移住」を決めた女性に聞く 「東京」を飛び出た理由と「沖縄」を選んだ理由

2016.12.08

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エリアをまたぐ「異動」と聞くと男性をイメージしませんか?
ところが、IBSグループには、単身で沖縄に異動、移住をした女性がいます。名前は穐澤 静香(アキザワシズカ)。
穐澤さんが何故、住み慣れた東京を離れ、沖縄に移住を決意したのか等、移住から1年が経ち、本音を取材してみました。

まずは、彼女のプロフィールから
穐澤 静香(アキザワシズカ)
2003年 ECサーブテクノロジー(現IBS)に入社 ITアウトソーシング事業で顧客先に常駐し業務を行う
2012年 本社勤務へ異動 アウトソーシングサービスの企画部門、本社人事部門の業務に従事
2016年1月 IBSのグループ会社 IBS Global Bridgeへ異動 同時に本社のある沖縄に移住 管理部門のマネジャーとして従事

–なぜ沖縄行きを決めたのですか?

正直、ここ数年、グループ内での「異動」という選択肢と共に「転職」もセットで考えていました。
年次を重ねていき、周りには知った顔も多く、居心地は良かったのですが、自分の中で仕事をするうえでの大切なキーワードである「挑戦」「成長」の要素が薄くなってきていました。

「挑戦できる環境にいきたい。フィールドを変えなくては。」

そんな風に焦っている時期が長く続いていました。
自身のキャリアにモヤモヤとしている時間を過ごしている中、その当時の上司が真剣に向き合ってくれ、一度は、人事領域でキャリアを積んでいこう。と決めたのですが、自分が置かれた環境がどうしても恵まれすぎている気がして、モヤモヤを消しさることができませんでした。

–穐澤さんが当時所属していた部署は社内で注目度が高かったと、、、

はい。その当時、私が所属していた部署は、経営方針に直結したとても重要な部署。注目度も高く、ものすごくやりがいがありました。
ただ一方で、会社の中心にいることで自分が動かなくても必然と入ってくる情報、組織ごとに細かく分けられタスク化する業務、縦割りの組織に違和感を覚え始めました。

「まるで”ぬるま湯”につかっているよう。この環境でも自分が”挑戦”していると言えるのだろうか?」

そこで、モヤモヤがもう一度再燃し、異動や転職を検討。
最終的に、異動を選んだ理由としては、IBS以上に好きになれそうな会社は無いと気づいたこと、です。
会社も好きだし、はたらいている人も好き。だから、このグループの中でキャリアの道を探すことを選びました。
進む道としては、全ての業務に自身が関われて、言い逃れができないところがよい。
入社した当初のECサーブの様に規模が小さいところで働きたい。
そんな風に思っていた際に、上司から沖縄に本社のある、SI会社IBS Global Bridge(IBSGB)への異動を打診されました。

–異動の打診を受けたときは迷いましたか?

いえ、即答で「行きます」と答えました。
IBSGBは立ち上がったばかりの会社ですし、規模もIBS本体に比べて格段に小さい。そして、海外(ベトナム)と連携して、新しい事業モデルを構築しており、グローバルの舞台でキャリアを積みたいという希望も叶う。
まさに理想の環境でした。
そして何より私は沖縄という土地が持つ強さ、ここで暮らしてきた人達の人としての器の大きさが大好きで、以前から年に3・4度は訪れていたので、即決できたのだと思います。
異動先が沖縄であること、移住をしなくてはならないこと。
それは自分が判断するにあたってはあまり気にしてなかった、というのが本当のところです。

–沖縄に移住をすることを迷わず決断できるなんて、すごいですね!
家族や友達の反応はどうでしたか?

友人たちは、私の性格を知っているので、止めても無駄だと思ったみたいです。私らしい、と見送ってくれました。
プライベートでダンスを習っているのですが、チームの仲間と先生は本当は止めたかったみたいですけどね。
沖縄へ発つ前日にみんなでご飯を食べて見送ってくれました。
学生時代の友人は、SNSでつながっていますし、その関係性に場所は関係ないと思っています。
現に、私の親友は、現在アメリカにいるんですよ。

私の両親は、20歳を過ぎたら何でも自分で決めなさい、という方針なので、反対はされませんでした。
就職先を決めた時も、転職した時もすべて事後報告です。もちろん、沖縄へ異動することも自分で決めた結果として報告しました。
でも母親は海外にいくようなイメージを持ったみたいで、娘がすごく遠くに行ってしまってさみしい、とよく言われます。
母は高いところが嫌いで飛行機に乗れないこともあると思うんですが・・・

会社の仲間が一番驚いていましたね。
その驚きをみて、自分自身が「沖縄」行きを即決で決めたことが大変なことだったんだなと改めて実感しました。

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–実際に、沖縄に移住してみて分かったことはありましたか?

そうですね。沖縄というとリゾートのイメージが強く、東京から遠いので言ってしまえば海外寄りのイメージを持つ方も多くいると思います。
けど、実際は、日本の地方都市の1つだなと。
私が生まれ育った長野と同じで、隣近所を大切にしたり、少し閉鎖的だったりと。
住んでしまえば、普段の生活で特別なことは何にもありませんよ。

–では順風満帆すぐに馴染めた感じですね?

いえいえ、それはまったくです。
初めて住む土地、会社も知らない人ばかりだったので、正直とってもアウェイ感はありました。
沖縄の人と聞くと、とてもフレンドリーなイメージを持つ方も多いかもしれませんが、実際は、すごく人見知りな人が多いのです。

まずは、会社に馴染むこと、エンジニアたちが心を開いてくれることを目標としました。私自身も、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプでもないので、この点はとても苦労しました。
沖縄に異動してきて1年が経とうとしていますが、やっとエンジニアたちが少しずつ本音を話してくれるようになってきた気がしています。

–もともと人見知りが多いITエンジニア。どうやって打ち解けたのですか?

私が一番大切にしてきたことが「本社から出向で来て、すぐ帰る人」にならないこと。
最初からIBSGBは「自分の組織だ」と強く認識し、「“私たちの”IBSGBを良くしていくこと」を常に考えて続けてきましたし、何かを発信するときはそれが伝わる様に意識しています。
その結果、時にはエンジニア達に対して、本気の怒りメールを送ったり、お説教発言も出てしまうので、怖いマネジャーと思われているかもです(苦笑)
ただ、それが次第にエンジニアたちに伝わり、自然に仲間として”認めてもらえた”のかなと思っています。

イベント③

–なるほど。本気で”ぶつかる”ことで、相手に本気度を伝えたんですね。
一方、プライベートで移住をしたことによる苦労はありますか?

そうですね、自分のモチベーションをコントロールする術を無くしてしまったことでしょうか。
オンとオフの切り替え手段がなくなってしまったんです。
私は、オンとオフとで全くの別人格なので、会社の仲間にはオフの自分を見せられないんです。
お酒を飲んで時にはくだらない話をしたり、いたずら企画を考えたり、、そんな近しい友人がまだいないので、なかなか気分転換ができないことが苦労していることです。

–沖縄には、移住してきた方も沢山いると思いますが、
移住者同士で仲良くなったりはしないんですか?

移住されて来ている方も結構ますが、挫折する人がとても多いんです。7~8割の人が帰っていきます。
仕事がなかったり、贅沢できなかったり、物が無かったり、理由は色々だと思いますが、楽園のイメージが強かったり、夢を描いて来たりするから、現実とのギャップに耐えられなくなるのだと思います。
都心にいるときよりも確実に、ひとりの時間が増えるので、必要以上に考えてしまうというのもあるかも知れません。

–7~8割の人が挫折して帰っていく!?
それはイメージとは違いますね。取りこされている感があるのでしょうか?

都心から移住してきた人が、沖縄の中だけで仕事をしてしまうと、時間の流れがゆっくりになってしまい、正直物足りなさを感じてしまうかもしれませんね。
仕事も仕事外の時間も刺激が少なくなり取り残されている感が出てきてしまうのかと。

私自身の話をすると、IBSGBの仕事は県外のお客様や東京やベトナムに在籍する社員と一緒に業務を進めていく必要があります。
その点は、東京で勤務していた時と変わらず、むしろ、業務範囲が広がったので、ものすごいスピードで時間が流れていて、振り返る余裕すらなく今を楽しんでいます。

–沖縄に移住して価値観は変わりましたか?

変わりました!
もともと「自分の力だけでできることはない」という考えを持っているのですが、その気持ちが一層強くなりました。
本社から遠く離れた沖縄、しかも立ち上がったばかりの今の会社では、人の力を借りなくては何も進められません。
そのことを痛感した1年でした。本当に自分の無力さを感じました。

でも一方で、これまで自分のやってきたことが間違っていなかったということもわかりました。
私は仕事をする上で、「筋を通すこと」「誠意をもって人に接すること」を大切にしています。
このスタンスで仕事をしてきて繋がってきた人達が、今グループのいろいろなところにいて、助けてくれています。
この紡いできた縁が私の最大の財産であり、武器です。

また、IBSGBはグループ会社であるIBSベトナムと一緒に動くことが多いのですが、色々な価値観の人と接する機会が増え、「正解がない」ことを再認識しました。
「これが正解」と思い込んで話を始めると、まったく話がかみ合わないことも・・・。

プライベート③

では最後の質問です。穐澤さん、沖縄に異動・移住して良かったですか?
そして、これからどうしたいですか?

今の仕事はとても充実しています。
東京にいたころと環境は何もかもが違い、任せていただける仕事の範囲は格段に広く、毎日が挑戦の繰り返しです。
仲間にも恵まれ、あの時即答で返事をして本当によかったと思っています。

これからは、、、まずは一人の人間として幸せになりたいです。
自分の幸せを考える様に、周りの人にもよく言われるんです。
あとは、今は沖縄に腰を据えて仕事をしていますが、80歳になったときの自分はまだ描けていません。
理想は1つの場所に軸を構えた上で、色々な場所で仕事をできるにようになること。
そして、私が生きている意味として、死ぬまで誰かの役に立っていること。。これが私の最大の目標です。

なるほど。
同じ女性としてとても多くの気づきを得られました。
女性だから、ある程度の年齢だから、、、という自分への言い訳を捨て
外に飛び出すことで得られる”経験”や”充実感”は計り知れないですね。
本日はどうも有難うございました!

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