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諦めきれない夢にむけて独立したサラリーマンが語る、熱く生きる7つのコツ

2015.11.10

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グンッモーニンッ!ブロガーのjMatsuzakiです。私は音楽家になるという小学生のころからの諦めきれない夢へ向かう夢想家です。ブログや講演やバンドをやりながら、私と同じダイハードな夢想家を突き動かしています。

私の愛しいアップルパイへ

私があなたのことを「アップルパイ」と呼ぶのはこれで何回目でしょうか。1回目でしょうか。100回目でしょうか。

いえ、そんなことはさして重要ではありません。いずれにしても、あなたには私のことをもっと深く知って欲しいと思っていたところです。

音楽の夢に目覚めた中学生時代

システム系の専門学校を卒業してから6年半、私はシステム屋として会社に勤めていました。システムエンジニアとして生きる細く緩やかな生活とは別に、私自身をいつでもビフテキにできる情熱のマグマがありました。そう、「夢」ってやつです。

私は昔からこんなふうに考えていました。人に嫌われたらどうしよう、みんなにばかだと思われたらどうしよう。取り返しのつかない失敗だけはしないように生きようって。

他人の顔色にビクつきながら生きてきた私は、一方で自分を偽っているという罪悪感につねに悩まされていました。この性格は私に音楽の道を示してくれたのです。

中学生のころに出会ったハード・ロックは極上の「解放」の味がしました。みっともないとか、情けないとか、そんなことちっとも気にしない彼らの生き方は、常識を強いる世界の窮屈さに膿んでいた私の救いでした

いつしか私も彼らのようになりたいって考えるようになったのは必然だったのでしょう。

諦めきれない夢だけを片手に脱サラした26歳の夏

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それから私の夢はどうなったと思うでしょうか。私は音楽という特殊な道に進む覚悟ができず、足踏みをしていました。いつしか、夢がまるで恥ずかしいことと思うようになり、夢を周囲に語ることを控えるようになりました。

高校を卒業して、私はただ得意だったからという理由でシステム系の専門学校へと進学、そのまま学校推薦で就職しました。私は自分が少しずつ少しずつ小さくなっていくような気がしました

いつかなにかが起こればいいのに。そう考えながら6年ほど働いたころ、ついに決定的な日が訪れました。私はマンションの片隅で一人、ただ考えこんだのです。なぜ私は2日の休日のために5日をドブに捨てるような生活を選んだのか?なぜ私は7日間を情熱の炎でBurning!させるような生活を選ばなかったのか?なぜ私は遊びと仕事をやろうとばかりして、遊びを仕事にしようとしなかったのか?

自分の本心を覗きこんで、今まで夢を安易に放り投げてきた自分に心底怒りを感じました。それから音楽と執筆を軸とすべく「jMatsuzaki」と名づけたブログを立ち上げました。システム屋から音楽家へと向かう獅子のドキュメンタリーを書き綴るためです。

ブログ開設から1年で会社を辞め、さらに1年ほどかけて個人事業を築きました。いまでは当時よりもずっと豊かな時間と幅広い選択肢を手に、自分のバンド活動を進めています。

諦めきれない夢にむけて独立したサラリーマンが語る、熱く生きる7つのコツ

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それまで夢を安易に放り投げてきた自分と決別することは、いままでの生き方をまるっきり変えることを意味しました。

システム屋から音楽家へ!諦めきれない夢へと向かう道を歩くと決めてから独立するまで、私を強烈に加速させてくれたのはなんだったのか。
いま振り返れば、最も効果をあげたのは7つの生き方の変化でした。

1.理想の生き方を本気だして考える
2.目標より実験に時間をかける
3.記録から習慣を根こそぎ変える
4.記録を振り返って自分だけのやり方を探す
5.ブログでドキュメンタリーを実績に変える
6.同志と呼べる仲間と一緒に働く
7.多様なお金の稼ぎ方を知って試す

1つ1つ説明しましょう。

1.理想の生き方を本気だして考える

あれから私が最初にやったのは、妥協の一切ない理想の生き方を本気で考えることでした。理想の生き方とは「すべてが自分の思い通りになったとして、自分はなにをしたいか?」を考えることです。失敗しないようにビクついて生きていた私には、最初に理想をイメージする習慣が欠けていたのです。

ここで最も大切なのは、現実的な条件を一切排除することです。人脈や実績、お金や環境などの懸念をすべて排除して、自分が純粋にやりたいことを考え抜きます。

子供じみていて、ばかげた方法だと思うでしょうか?しかし、この世のあらゆる偉大な仕事は、理想をイメージすることからはじまっています。そして、現実の成果は理想のイメージの完成度によって左右されるのです。

私は理想の生き方を文書化し、毎日必ず読み返すようにしました。4年経ったいまでもそうしています。

2.目標より実験に時間をかける

いつどこで習ったのか。私は目標をたてて、目標に向かって行動するように生きていました。売上アップやコスト削減、プロジェクトの成功や新規プロジェクトの立案など、それらしい目標をたてて、達成度を評価するのです。

夢を現実化するための目標をたてて、それを実践する。これは極めてまっとうに見えますが、ただまっとうに見えるというだけでほとんど成果の上がらないやり方です。結果ばかりにフォーカスしているからです。

本当に必要なのは「想像通りの結果」ではなく「想像を超える変化」でしょう。だから私は目標を捨てて、実験することに力を注ぐことにしました。なにが起こるかわからない実験を試してみる。どうなるかわからないけど、変化してみる。実は、これこそ理想を現実化する近道なのです。

仕事は楽しいかね?」という本にはこんな一節があります。

必要は発明の母かも知れない。だけど、偶然は発明の父なんだ。

3.記録から習慣を根こそぎ変える

夢へと向かう決意をしたとき、当時の私が抱えていた一番の問題は休日の倦怠感でした。特に、昼寝で時間を無駄にしてしまうことでした。

私は自分の習慣を根こそぎ変えることにしました。そのために最も効果を発揮した方法が「記録をとること」でした。

なんの記録かというと、行動記録です。私は昼寝の時間も含めて、何時何分になにをやっていたかをExcelに漏れなく記録することをはじめました。ただこれだけでしたが、効果は素晴らしいものでした。

なぜなら、記録することで無意識のうちに浪費していた時間に自覚的になるからです。ダイエットで例えると分かりやすいでしょう。口にしたものすべてを記録するとなったら、間食は減るはずです。無意識のうちに食べていたものを食べなくなるからです。

4.記録を振り返って自分だけのやり方を探す

行動記録を活用し、私は毎週日曜日に1週間の行動を振り返って1枚のレポートにすることをはじめました。今週達成したことや、失敗したこと、嬉しかったことや感謝したことなどをまとめていくのです。

この目的は生活を改善するためではありません。自分の強みを探すためです。日々の記録を振り返ることは、自分の強みを発揮できる方法を探すために役立ちます。

多くの人は自分の弱点を補うことに心血を注いでしまっていますが、本当に効果的なやり方は逆です。自分に最適なやり方、自分が実力を100%発揮できるやり方を貫くことは、人生の扉を内側から開く鍵なのです。

映画「カジノ」でロバート・デニーロもこういっていました。

やり方は三つしかない。正しいやり方。間違ったやり方。俺のやり方だ

5.ブログでドキュメンタリーを実績に変える

諦めきれない夢へ向かうと決めたときにブログをはじめたのは、素晴らしい思いつきでした。これこそ最高の実験だったといえるでしょう。

私がブログをはじめた最初の目的は、文章化の習慣をつくるためでした。文章化すると、頭のなかの矛盾が整理されて思考を深化させることができます。そのためのツールとして使い始めたのがブログでした。しかし、ブログは私に予想以上の変化を起こしてくれました。

サラリーマンの諦めきれない夢へと向かうドキュメンタリーは、私の同志を集めてくれるようになったのです。私のようなダイハードな夢想家たちを!

ブログに書き綴ってきた実験結果のドキュメンタリーは、そのまま私の実績として機能しはじめ、24時間無償で働いてくれる営業マンになってくれたのです。

6.同志と呼べる仲間と一緒に働く

ブログを通して私が学んだ最高の知識の1つは、同志と呼べる仲間と一緒に働ける環境こそ最高の職場環境だということです。

多くのサラリーマンは、たまたま職場で一緒になった同僚とばかり働いているでしょう。冷たい言い方をすれば、それは契約で結ばれた関係です。
一緒に働く人にはもう1つ種類があります。それは契約ではなく、興味で結ばれた関係です。

自分が偉大だと認める目的を共有できる同志とともに働けば100%以上の力を発揮することができるでしょう。しかも、心の平安と幸福もおまけでついてきます。

私は会社を辞めてから、なるべく友達と働くようにしています。それが最高の成果をあげる条件だと知っているからです。

7.多様なお金の稼ぎ方を知って試す

2012年の9月末に脱サラして、翌年2月には貯金が尽きて実家へ戻ることにしました。たったの半年ももたなかったわけです。半蔵門線で実家に帰った日に感じた、泣くほどの悔しさは今でもよく覚えています。

それから半年かけて事業を立てなおし、また実家をでました。いまは都内の防音マンションに住んで、いつでも自宅で音楽を作れる最高の場所に住んでいます。

会社を辞めた直後、私はただ「いまよりもっとがんばらないといけない!」と思いながら我武者羅に仕事していました。サラリーマン時代に根づいた、がんばっていればお金は入ってくるという消極性から抜け出せていなかったのです。

このときに学んだのは「なにをやるか」と「どう売るか」はまったくの別物であるということでした。

例えば、音楽と執筆を中心に生活するといっても、収入を得る選択肢は無限にあります。顧客のタイプ、支払いの方法、サービスの提供方法、課金のタイミング、資源調達の方法などなど。

思想や信念や方向性はそのままに、どう売るかの選択肢を増やせば収入基盤は築けるのです。

「まだはやい」と「もうおそい」を「いまだからに変える」

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過去の私がなぜ自分の夢を安易に放り投げてしまったのか。自分の性格がそうさせたのか。あるいは夢を肯定してくれない環境がそうさせたのか。

いまならその理由がよくわかります。正直にいうと、私は夢破れるのが恐かったのです。現実に直面して、夢破れて、自分の才能のなさを嘆くことになるのが心底恐かったのです。好きでもない仕事を淡々と続けるよりもずっと!いつか夢が叶う可能性を摘まれてしまうことが!

仕事の合間にがんばっているとか、時間が足りないとか、もっと環境がよければとか、人脈さえあればとか、言い訳できる環境が心地よかったのです。もし夢に向かって走って、それでも芽がでなかったら、もう後がないような気がしたから。

でも、本当はそんな生活にもウンザリしていたのです。人生の本番はまだ先だなんて、いつか本当の人生がはじまるはずだなんて、虚妄じゃありませんか。

この記事を通してあなたにお伝えしたいのはこういうことです。

「まだはやい」ことも「もうおそい」こともないのだ

過去の失敗や未来への不安はいつだって妄想に過ぎません。忘れないでください。私たちはいつだって、いまこの瞬間に流れを変えることができるのだということを。

「まだはやい」も「もうおそい」も、「いまだから」に変えられるのです。

やりたいことのある「いまだから」!失敗経験を積んだ「いまだから」!そうやって、1つでも「まだはやい」と「もうおそい」を「いまだから」に変えてもらえたなら、私の企みは成功です。

貴下の従順なる下僕 松崎より

【プロフィール】
システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログを通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。
2015年からは「jMatsuzaki」名義でのバンド活動を開始。

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