イケダハヤトさん

公開をためらう瞬間はエクスタシー!? イケダハヤト氏に学ぶ「攻め」の情報発信術

2015.11.27

イケダハヤトさん

会社員からフリーランスへ。東京から高知、そしてさらに山奥へと、常に変化を求め新しい環境に挑戦する、プロブロガー・イケダハヤトさん。

前編に引き続き、後編ではイケダさんの真骨頂である、炎上をも恐れぬ「攻め」の情報発信スタイルについて詳しく伺ってきました!ブロガー、メディア担当者必見です!!

前編:まだ毎日会社に通ってるの?プロブロガー・イケダハヤト氏が歩む、レールから外れた生き方

記事の炎上も何のその。自分の言いたいことなら問題なし!

—記事が“炎上”することに関しては、どう思われていますか?

イケダ:自分で言ったことに対して炎上するのは別に良いんじゃないですか?まあ、炎上といっても色々あると思うんですが。

結局、自分が言いたいことを躊躇(ちゅうちょ)して、記事の公開ボタンを押すのをためらうとか、こんなことを書くと角が立つと思う瞬間ってあるじゃないですか。最近なくなりましたけど、ぼくも以前はやっぱりそうときがあって。

そういうときこそ、記事を世に出すと面白いですよ。面白いことになりますよ?(笑)そこのハードルをいかに越えるかが重要だと思うんですよね。で、そういうハードルの越え方だと、別に炎上しようがしまいが、結局は自分の言いたいことだったので、何の問題もないわけです。

公開をすることで、波紋を呼ぶような記事こそ“オイシイ”

—そこは、「イケダさんだからこそ」できるところなのでは?

イケダ:ぼくは別に特殊なことを書いているという意識は全くないんですよね。結局、「みんなが書こうと思っても書けないこと」を書いているのがポイントだと思っていて。

正確に言うと、書けないというより“公開できない”。公開したくても炎上しそうだから怖くて出せない。ぼくの場合、その辺は気にしないというポリシーの元に、戦略的に公開してしまっていますね。

他の人を見る限り、そこを突破するのって意外とハードルが高いことなんだなと感じています。みんなビビり過ぎというか。

たぶん98%くらいの人は、ビビって記事を公開できないんですよね。100人中100人が書けるんでしょうけど、公開のボタンを押せるか否かというのが、結局いろんな意味でハードルになっていて。

ぼくはむしろ、そこを押しに行くのが“オイシイ”ということを知っているので、積極的に地雷を踏みに行っています。自分の中では、「直感的に面白い方を選ぶ」という判断の基準を持っているので、積極的に押しにいっているかどうかという違いのだけかなと。

公開をためらう瞬間はエクスタシー?記事公開時の葛藤

—それを“オイシイ”と思えるまでには、なかなかたどり着くのが難しそうですね…

イケダ:自分が言いたいことを言っているだけですからね。嘘ついているわけじゃないですし。なんか世の中的に「本当のことは言っちゃいけない」という空気感ありませんか?

そういう圧力を「いかに気にしないか」というのが本当は大事なんです。あとは個々人が思っていることだったら、別に自由に発言してもいいじゃんって思うところはありますね。

それと、本当は自分が記事の公開をためらう瞬間が面白いんですよ。あの瞬間はもうね、“エクスタシー”さえ感じます。「来た来たー!ヤバイ、俺ちょっと公開ためらってる〜?」みたいな(笑)。だから最近、逆に“ためらわなくなってきている”のが悩みですね。もはや最近、何のためらいもなくなってきてしまっていて。

—もう炎上なんて慣れっこという感じですか?

イケダ:そうなんでしょうね。常識が少しずれて来たんだと思います。

—これまでには、どういう時が一番、記事の公開をためらいましたか?

イケダ:もはや、今はためらわないですけどね。一線を超えちゃうとわかんなくなっちゃうんです。まあ、今振り返って思うと、サラリーマン時代は結構ためらうことは多かったでしょうね。「これクライアント読んだら困るな…」みたいな。会社員だとやっぱりありますよね。

でもフリーになってからは、基本的に自分の中の小さい世界の話になるので、あまり関係なくなりますよね。やっぱり、しがらみがあるかないかが大きいですよね。

「逃げ」の文章は読者に伝わる。大切なのは守りに入らないこと

—文章の書き方でも“逃げる”とかありますよね?

イケダ:そうなんですよ!やりがちなのは、「…かも知れません」という表現とか。自分で言っておいて、なんじゃそりゃ!みたいな。「色んな意見があると想いますが…」とか。当たり前だろ!って。あれはぼくも嫌いですし、やっぱり読者にとっても良くないですよね。

—ブログだけでなく、書籍の場合でも同じですか?

イケダ:著者が守りに入っているパターンなのか、そうではないのかというのは、書籍の場合は特に分かれます。基本的に編集者の方ってぼくと同じタイプで、「『かも知れない』とか、何、中途半端な物言いしてんだ!ポジション取れ!」と思っているので「かも知れない」という表現を削るんです。

そうすると、著者が「これ、ちょっと断言してしまうのは怖いので、表現を直してもいいですか……?」となるんですよね。本を読んでいて、そういうやりとりがあったんじゃないか、というのがわかる時があるんです。

そういう本ってやっぱり面白くないんですよね。自分の哲学が載っていないんで、読んでいて面白くないです。多くの人は、そもそもそこを超えるという視点がないでしょうし、文章書いていく中で、「守りに入っていないか?」と自分に問い続けることも大事なんじゃないですかね。

—なるほど。文章を書く上では「守りに入らないこと」が大事なんですね。

イケダ:そうですね。語尾を「〜だ」「〜です」に変えるだけでも、印象が全く変わると思いますよ。「〜だと思います」くらいであれば別にいいと思いますけど、全部「思います」になっていると、「もうわかったよ!」という感じになってきちゃいますからね。そこは大きなハードルですよね。

社会に一石を投じよ。話はそれから!

—それでは最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。

イケダ:まあ、昔からそうなんでしょうけど、ブログの時代になってきて余計に、ビビっている人とビビっていない人の差がよく見えるようになった気がしますね。別にビビっている人の書き方でもアクセスは集められますし、収益も上げられますけど、ぼくはやっぱり面白くないなって思っちゃいますね。特に、読み慣れている人ほど、そう思っちゃうんじゃないですかね。

放っておくと、みんなそういう逃げの文章になっちゃうので、だんだんマジョリティに近づいていってしまうんですよね。

大事なのは、社会に一石を投じることです。大きな波紋を広げましょう。それは本質的に、誰でもできることなんです。みんな怖がってやらないだけで。ネットで炎上しても死にはしませんから、いっそ気楽に構えて「言いたいことをどんどん言う」という道に踏み込んでほしいですね!

前編:まだ毎日会社に通ってるの?プロブロガー・イケダハヤト氏が歩む、レールから外れた生き方

このトピックスをみんなとシェアする
このエントリーをはてなブックマークに追加
イケダハヤトさん

この記事が気に入ったら

Work Switchの最新情報をお届け